Biography


★2003年

当時ニューオリンズトラディッショナルジャズの団体に所属していたMob Taiyo(以下MOB)と神田であったが、 ニューオリンズトラディッショナルにおけるテナーサックスの脇役感(ソプラノサックスでSidneyBechetを目指すという 手もあったが、当時ジャパニーズミクスチャーミュージックにはまっていたMOBなので、SidneyBechetなんぞ知る由もなか った)にMOBは日々悶々としていた。

そんなある日、同団体の先輩が「これはお前が持ってた方が役に立つだろう」といっておもむろにくれた LouisJordan&TympanyFiveのビデオに衝撃を受け、「ジャンプミュージック」なるものに手をつけようと決意。同団体を 脱退、「ジャンプミュージックをやる!!」といってドラムス・神田と友人のベースマン・黒川、友人の ギターマン・山代に加え、たまたま近くでベートーベンを練習していたピアノ・征矢を誘いTheDoopersを結成する。

しかしそこは当時ジャパニーズミクスチャーミュージックにはまっていたDMなので、ジャンプミュージックと ソウルミュージックの区別もつかず、「ジャンプミュージックをやっている!!」との思い込みのもとに LouisJordan、OtisRedding、GroverWashingtonJr.など、黒い顔をした人のやっている音楽に手当たり次第手をつけていく。 レパートリーが少なかった為に比率としていわゆる「ジャンプの曲」が6割くらいを占めていたのがせめてもの救いであった。

★2004年

神田も前述のニューオリンズトラディッショナルジャズ団体を抜ける。マイペースなライブ活動を続けていくうちに 「ジャンプミュージックをやる」という当初の目的はどこかに行き、DMは「何となくジャズっぽい音楽に面白おかしい 日本語歌詞をつける事」に情熱を燃やし始める。

ジャンプミュージックの大事な要素のひとつが「笑える歌詞」にあった事がせめてもの救いであった。

★2005年

皆が「ジャンプミュージック」と呼んでいるもの、かねてからMOBが好きであったホンカーサックス録音の周辺を聞きあさる うちに、自分たちがやっているのはジャンプミュージックではないんじゃないかと思い始める。それと同時に「ジャンプ ミュージック」を改めてきちんとやってみようじゃないかという空気になってくる。

2004年に公開されたSwingGirlsの名言「ジャズやるべ?」を胸に抱き、「ジャンプやるべ?」とストイックな気持ちを 持ち始める。

★2006年

素晴らしいジャンプバンドになるべく歩を進める中、ギター・山代が脱退。MOBの地元友達であるギター・キングストンをメンバーに加え、 エッジのきいたサウンドを響かせつつもクラシックなジャンプサウンドを大切にし、それでいてまったりとしていて しかしながら甘すぎず、肥大化するマーケットをアメリカ仕込みのセグメンテーションの手法を用いてしっかりと分析しながら も日本的な根回しを忘れる事なく、すべからく評論家というものは自らの専門分野以上の領域に足を踏み入れる事を危険と 考える事を常に胸に抱いて(以下略)。要するにキングストンは友達想いのいいやつだ。

年末にはベース・黒川も脱退。しばしのヘルプとしてベース・早野にお付き合いを願う。またジャンプ、ホンカー好きとして MOBとやたら話題の通じたアルトサックス・吉田を正式メンバーに迎え、「こうなったらバリトンも」という想いが強まる。

★2007年

かねてより仲良しであったスカバンド、寿アーバンメイツ所属ののっぽのバリトンサックス・山本と、 ヘルプでと言いながら最初から正式に誘う気まんまんだったがっちり体系のベース・早野の加入によって 中肉中背バンドの汚名を返上。ギター・キングストンが夏をもって脱退。年末にかけてライブ回数が増え始め、 何だか楽しくなってくると同時にギターがやっぱり欲しいなあという話で毎度盛り上がる。

★2008年

そんな中、フェム・エ・フェム所属のギター・$hinobuが加入。余計盛り上がりながら現在に至る。